特定財産承継遺言の概要
ご本人(被相続人)が遺言ですることのできる財産処分方法としては、遺贈、遺産分割方法の指定および相続分の指定があります。
しかし遺言実務として多くの場合に用いられるのは、特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の以下の例のような遺言です。
遺言の例: 第〇条 長男○○○○(昭和〇年〇月〇日生)に以下の土地Aを相続させる。 記 (不動産Aの表示は省略) 第〇条 長女○○○○(昭和〇年〇月〇日生)に以下の土地Bを相続させる。 記 (不動産Bの表示は省略) |
このような形式の遺言は「相続させる遺言」と呼ばれていましたが、民法改正で明文化されたことにより「特定財産承継遺言」という名称が付けられました。
相続させる遺言について、登記実務においては、早い時期から不動産を取得することになった相続人が単独で相続登記手続きをすることを認めていました。しかし、裁判所は、当時は明文化されていなかった「相続させる遺言」については遺産分割方法を定めたものであるにすぎず、遺産分割協議を経ないとその財産の帰属が決まらないとの立場を取っており、取得する相続人単独での相続登記手続きを認めていませんでした。このように両者の見解が対立していました。
しかし、その後に最高裁判例で「相続させる遺言」が認められるようになりました。遺産分割方法の指定でありながら、遺産分割協議の手続きを要することなく該当する遺産が特定の相続人に帰属する実質的な理由として、必要かつ十分に遺産を特定してして遺産分割方法を指定すれば、その遺産については遺産分割協議の手続きを経る実益がないためと説明されました。
こうした時間をかけた検討の積み重ねがあり、「特定財産承継遺言」は民法に明文化されたのです。
特定財産承継遺言(以前は「相続させる遺言」)の効力を発揮させるためには、何より遺産と相続人を必要かつ十分に特定する必要があります。
その際に、遺産の具体的な一部だけを指定することもできますし、特定の財産といいながら具体的なものであるなら遺産の全部を指定することもできます。特定の相続人というのも、必ずしも1人である必要はなく、特定された複数の相続人に特定の財産を特定の割合で共有取得させることもできます。
特定財産承継遺言の放棄
前項の遺言の例では、ご本人(被相続人)が長男に土地Aを相続させる遺言を残しています。この長男が、土地Aよりも銀行預金が欲しいと考えていた場合に、土地Aの相続を放棄して、その代わりに銀行預金を相続することができるのでしょうか。
特定財産承継遺言の場合でも、相続放棄自体は問題なくできるのです。上記のケースで、長男が相続放棄をすると、相続開始時に遡って相続人としての地位を失ってしまいます。特定財産承継遺言の法的性質は、相続権があることを前提としての遺産分割方法の指定・相続分の指定ですから、相続人としての地位を喪失すると、特定財産承継遺言の効力を失うばかりでなく、他の遺産に対する相続権も失うことになります。
上記のケースでは、長男は父の他の遺産(ここでは銀行預金)を相続することを望んでいますので、その目的を達成することができないことになります。
一方、民法には遺贈の放棄を認めた条文があります。この条文を特定財産承継遺言にも準用することができれば、特定財産のみの相続放棄が達成できそうです。しかし残念ながら、学説上も実務上も遺贈の準用の可否について定まっていません。
そこで解決策として考えられるのが、この問題を「遺言と異なる遺産分割」として対処する方法です。実務においては、共同相続人全員が合意すれば、遺言と異なる遺産分割協議を成立させることが可能とされていますので、この方法を利用するものです。
この方法を使えば、長男が希望する遺産分割方法で共同相続人全員の合意を取り付けて、遺産分割協議を成立させることができれば、長男の希望通り土地の替わりに銀行預金を取得することが可能になります。ただし、現実的にはハードルは結構高いかもしれません。
特定財産承継遺言の代襲相続
遺言者が死亡して相続が開始したときに、特定財産承継遺言により財産を取得する予定であった者が、それ以前に死亡していた場合、特定財産承継遺言は効力を失うのか、あるいは相続人の子どもが代襲相続するのかという問題です。
以下の図でいうと、父が死亡して相続が開始したときに、すでに長男が死亡していると、孫への代襲相続が効力を有するか否かという問題です。
遺贈の場合では、遺言者と受遺者との間の人間関係に基づいてなされるものであり、受遺者の子どもに遺贈することまでは予定されていないとして、代襲の効力は発生しないとされています。
一方の特定財産承継遺言における代襲相続の可否については判例が揺れていました。しかし平成23年に最高裁は、「特定財産承継遺言の代襲相続は効力を有しない」旨の判決を出したことにより裁判所の見解も統一されました。
ただしこの最高裁判決では、「代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り」は代襲相続は効力を生じないとしており、例外の余地を残していますので、注意が必要です。