遺言の撤回の意義

遺言は、遺言者の最終的な意思を尊重し、その意思を実現するためのものです。様々な状況や出来事により遺言者の意思は変わるものですから、遺言者は、いつでも、法律の定めに従って、以前に行った遺言の全部または一部を撤回することができます。

遺言の効力発生の前であれば、遺言者は前に行った遺言の全部または一部を単純かつ無条件で撤回することができますし、従前と異なる内容の遺言に変更することも自由に行うことができます。

注意すべき点は、全部撤回の場合を除き、遺言書の撤回とみなされる部分以外、遺言書の内容は有効であるいうことです。遺言書に有効な部分と撤回された部分が混在した状況では、遺言者の意思が正確に伝わらないことも考えられますので、遺言書を変更する場合は一部撤回するのではなく、前の遺言書を全部撤回して最初から遺言書を作成することが紛争防止になります。

民法は、従前の遺言を撤回あるいは変更する方法として、以下を定めています。

  1. 遺言の方式による撤回
  2. 法的撤回(特定の法律行為等を、遺言内容を撤回・変更したものと擬制する制度)

遺言の方式による撤回

遺言の方式に従って、何ら制限なく遺言の撤回・変更をすることができます。その際には、撤回・変更の理由を明らかにする必要もありません。

また従前の遺言と同じ方式による必要もありませんので、例えば従前が公正証書遺言であっても、自筆証書遺言の形式により撤回することも可能です。

自筆証書遺言や秘密証書遺言は、第三者のチェックが入らないため、形式や記載内容の不備などで無効になるケースがあります。作成した遺言書が無効になると、前の遺言書が有効になり、遺言書の撤回ができません。

以下に全部撤回と部分撤回を例示します。

全部撤回の場合

遺言者は、平成〇年〇月〇日○○法務局所属公証人○○作成平成〇年第○○号遺言公正証書(以下「原遺言公正証書」という。)による遺言者の遺言の全部を取り消す。
部分撤回の場合

遺言者は、原遺言公正証書の遺言中、
ア 第〇条を撤回する。
イ 第〇条において、遺言者が「下記不動産を遺言者の長男甲に相続させる」とした部分を撤回する。

単なる全部撤回であれば問題となることは少ないのですが、一部撤回の場合は注意が必要です。

例えば、撤回した部分と、依然として遺言としての効力を有している残存部分との整合性を十分検討しておかないと、残存部分の遺言趣旨が不明となることもありえます。

また、一部撤回に加えて、新たに遺言内容を追加する変更遺言の方式を取った場合にも注意が必要です。追加部分の内容によっては、従前の遺言の残存部分との間に論理的な矛盾が発生するような場合もありえます。また過去に複数の遺言書を作成している場合、残存部分が不明確になり、紛争を引き起こすことも考えられます。

法的撤回

遺言書の撤回を明示していなくても、以下の場合は遺言を撤回したものとみなされます。

前の遺言と後の遺言との抵触(矛盾)

従前の遺言と新しい遺言の内容が矛盾するときは、その矛盾する部分については新しい日付の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされます。

遺言者による遺言後の生前処分

遺言者が、遺言後に遺言の内容と異なる生前処分や法律行為を行った場合は、抵触する部分について遺言を撤回したものとみなされます。

例えば、遺言で「長男〇〇に〇〇の土地を相続させる」と記載した後、その土地を他の人に売却した場合、遺言に記載された相続の部分は撤回したこととなります。

遺言書の破棄

遺言者が故意に遺言書を破棄した場合、 遺言を撤回したものとみなされます。また遺言によって遺贈させるとした財産を破棄した場合も同様です。