※本記事は「家族信託組成の手順とは ②」の続きです。
家族信託の管理・監督の必要性
これまで説明をしてきました通り、例えば、委託者=受益者の場合であれば、委託者は賃貸アパートを家族信託することにより、賃貸アパートの管理を受託者に任せると共に、受益者として賃貸収入の中から生活費を受け取ることなどができるようになります。
家族信託の場合では、受託者としては信頼できる家族あるいは親族に依頼することが一般的です。しかし、信頼できる家族や親族であっても、何らかの事情で間違いを犯してしまうことは、可能性としては否定できません。成年後見制度では裁判所が監督を行いますが、家族信託の場合にはこうした公的機関の関与はありませんから、受託者の不正行為が起こってしまうことを前提にして、信託契約を組成することが望ましいのです。
信託の制度では、このような事態に備えて、信託を管理・監督する役割をもった以下の者を、任意ですが、信託に参加させることができるようになっています。
・信託監督人
・信託管理人
・受益者代理人
この三者について、これから説明をしていきます。
信託監督人
信託監督人とは、全ての受益者が持つ権利のうちの「受託者を監督する権利」を、受益者に代わって権利行使する者のことです。
言い換えると、委託者の貴重な財産を預かった受託者が、不正を働いていないか、適切に任務を遂行しているかを、監視・監督する役割を持つのが信託監督人になります。
信託全体の働きを監督する役割ですので、信託監督人には専門家の就任が適当と考えられます。
信託監督人が必要となる代表的なケース
高齢者の財産管理を任せる場合
父親が、自らを委託者兼受益者、息子を受託者として家族信託を設定したとします。
この場合では、父親の目の黒いうちは息子の財産管理を監督することが出来ますが、父親が高齢になり判断能力が衰えてくると、管理・監督が十分にできなくなる可能性があります。
こうしたケースでは、あらかじめ信託監督人を選任しておくことにより、父親の判断能力の衰えに備えることができます。
受益者が未成年者である場合
受益者に幼い子供や孫などを指定した家族信託を組成した場合には、子供や孫には判断能力が十分ありませんから、自分で受託者を管理・監督することができません。そのため、信託監督人を選任することは有効と考えられます。
障害者の親なき後問題を解決したい場合
障害のある子どもを持つご両親にとって、ご両親が亡くなった後の子どもの生活支援や財産管理は大変な心配事だと思います。こうした「親なき後の問題」を解決するために、信頼できる親戚などを受託者とし、障害を持った子供を受益者とした家族信託を組成することは大変有効なことです。このような場合にも、信託監督人を選任しておくと更に安心感が増すことになると思います。
信託監督人の権限
信託監督人が行使できる権限
信託監督人とは、受益者が持つ「受託者を監督する権利」を、受益者のために行使できる者のことです。しかし、受益者が持つ「信託の意思決定に関する権利」まで行使できるわけではありません。
信託監督人が、受託者を監督するために出来る事項は、信託法に列挙されていますが、それを整理すると以下の通りになります。
① 受託者が権限違反行為をした場合の取消権
② 受託者が利益相反行為をした場合の取消権
③ 受託者の信託事務の処理状況に対する報告請求権
④ 信託に関する帳簿等の閲覧等請求権
⑤ 受託者の法令違反行為等の差止請求権
※具体的な権限リストの明細は、本記事末に記載しますの参照して下さい。
信託監督人が行使できない権限
以下の権利は、受益者自身が自己の権利を確保するための権利とされているため、信託監督人は行使できないとされています。
① 受益権の放棄
② 受益権取得請求権
③ 受益証券発行信託において自らが受益者であることの受益権原簿への記載請求権
④ ③の受益権原簿の記載事項を記録した書面の請求権
信託監督人の選任
信託契約で指定
信託契約の中で、信託監督人を指定することができます。ただし、信託監督人に指定された者は、就任を拒否することができます。
家庭裁判所で選任
信託契約で信託監督人が指定されていない場合には、利害関係人は家庭裁判所に信託監督人の選任を申し立てることができます。信託契約で信託監督人が指定されている場合でも、指定された人が就任を承諾しないときには、信託監督人の選任申立てをすることができます。
信託監督人の資格
未成年者及び当該信託の信託の受託者は、信託監督人になれません。
法人が信託監督人になることもできます。
信託監督人は、当該信託の全体の管理を担う立場でもあるため、実際には、国家資格を持つ専門家に信託監督人を依頼することが一般的です。
信託監督人の事務の終了
信託監督人の事務は、信託監督人の死亡、辞任、解任等で終了するほか、以下の事由によって終了します。
①信託の清算の結了
②委託者・受益者の合意
③信託行為において定めた事由の発生
信託管理人
前項で説明した信託監督人は、受益者が「現に存する場合」に選任される者ですが、こちらの信託管理人は「受益者が現に存しない場合」に選任される者です。例えば、将来生まれてくる子供が受益者として指定されている場合には、信託管理人が選任されることになります。
つまり、 信託監督人とは、受益者が存在しないときに、受益者が本来受けるべき利益を損なわないように、受益者に代わって権利を行使する役割を持つ者となります。ですから、信託管理人は受益者が有する信託法上の一切の権利を行使できます。受益者の権利には、信託財産を管理する受託者を監督するための権限も含まれていますから、もしも受託者に不正行為があって、受益者の権利が損なわれるような場合でも信託管理人により対応できます。
ただし、家族信託において信託管理人が登場することはあまり多くはありません。
信託管理人の選任
信託監督人と同様に、信託契約で指定することもできますし、家庭裁判所で選任することもできます。
信託管理人となる資格
未成年者と当該信託の受託者次を除き、特に資格に制限はないとされています。
信託管理人の事務の終了
信託管理人の事務は、信託管理人の死亡、辞任、解任等で終了します。
その他、以下の事由で終了します。
① 受益者が存するに至ったこと
② 委託者が信託管理人に対し事務の処理を終了する旨の意思表示をしたこと
③ 信託契約において定めた事由の発生
受益者代理人
受益者代理人とは、文字通り、受益者の代理人です。受益者代理人、当該受益者の権利に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する者です。
受益者代理人は、判断能力の低下した受益者や、幼い子を受益者としたような場合に、当該受益者の代理人として働きます。
特に信託監督人がいない場合には、受益者の家族や親族の中から受益者代理人の選任して、受託者の管理・監督に当たってもらうことも考えることが必要です。
受益者代理人の選任
信託契約の中で、受益者代理人を指定することができます。
受益者代理人は、委託者の意思に基づき選任される者であり、信託管理人や信託監督人のように利害関係人の申立てによって裁判所が選任することはできせん。
受益者代理人の資格
未成年者及び当該信託の信託の受託者は、受益者代理人になれません。
受益者代理人の事務の終了
受益者代理人の事務は、受益者代理人の死亡、辞任、解任等によって終了するほか、以下の事由によって終了します。
①委託者及び受益者代理人に代理される受益者の合意
②信託契約において定めた事由
【ご参考】信託監督人が行使できる権限リスト(明細)
- 裁判所に対する申立権
- 遺言信託における信託の引き受けの催告権
- 信託財産に属する財産に対する強制執行等・滞納処分に対する異議申立て権
- 異議訴訟に要した費用を信託財産から支弁するように請求する権利
- 受託者の権限行使違反の取消権
- 受託者の利益相反行為の取消権
- 信託事務の処理状況についての報告請求権
- 信託事務に関する帳簿等についての閲覧・謄写請求権
- 受託者の任務についての損失の填補又は原状回復の請求権
- 受託者が法人の場合の任務についての損失の填補又は原状回復の請求権
- 受託者の行為の差止め請求権
- 11項に係る訴訟に要した費用の支払い請求権
- 前受託者が新受託者が就任するまでの間にする信託財産の処分の差止め請求権
- 前受託者の相続人等・破産管財人がする信託財産に属する財産の処分の差止め請求権
- 13項及び14項の請求に係る訴訟について要した費用の支払い請求権
- 新受託者として指定された者に対する就任するかどうかの催告権
- 受益権を放棄する権利
- 特定の場合に受託者に対する受益権取得請求権
- 信託監督人として指定された者に対する就任するかどうかの催告権
- 受益者代理人として指定された者に対する就任するかどうかの催告権
- 受益権原簿記載事項を記した書面の交付又は提供の請求権
- 受益権原簿の閲覧又は謄写の請求権
- 受益権原簿記載事項の受益権原簿への記載又は記録の請求権
- 限定責任信託において受託者が給付可能額を超える給付を受益者にした場合の金銭のてん補又は支払いの請求権
- 受託者が受益者に対してした給付において欠損が生じた場合の金銭のてん補又は支払の請求権
- 会計監査人の任務懈怠による生じた損失の填補の請求権 以上
この記事は、ここまでになります。
※この記事は「後継ぎ遺贈型の信託とは」に続きます。