認知症の概況

認知症は、脳の病気や障害など様々な原因により、認知機能が低下し、日常生活全般に支障が出てくる状態をいいます。

認知症の初期は、加齢による物忘れに見えることが多いですが、やがて仕事や家事・趣味であるとか身の回りのことができなくなります。さらに、個人差がありますが、時間・場所がわからなくなる、理解力・判断力が低下する、憂うつ・不安になる、気力がなくなる、現実には見えないものが見える、妄想があるなど様々な症状が現れます。

年齢を重ねるほど認知症になりやすくなりますが、2025年には65歳以上の方のうちの約700万人が認知症になると予測されています。これは高齢者の約5人に1人という割合ですから、決して他人事とは云っていられません。

それでは認知症の方は、あるいはご家族に認知症の方のいるご家庭では、遺言作成にあたってどのように注意すれば良いのでしょうか?

法律から見た認知症

法律的は「認知症の人は遺言能力が無い」と単純に判断するわけではありません。

まず、法律において「遺言ができる」と定義されているのは、次の2条件を満たしている人です。

 ・15歳に達した者

 ・遺言能力のある者

このうち、「15歳に達した者」という規定は形式的に判断が出来ますから、争いになりません。法律上の争いになるのは遺言能力がどの程度あるかという点です。さらに残存している遺言能力が、実際に残された遺言書を作成するに足りるものかという観点もあります。

遺言能力のある人が書いた遺言は「有効」であり、遺言能力の無い人の書いた遺言は「無効」ということになりますが、両者の間に明確な線引きがある訳ではありません。。実際には、認知症の方の多くは、有効と無効の間にあるグレーゾーンの中にいて、ある時点のグレーの濃淡により遺言能力の「有効」と「無効」が判断されるイメージかなと思います。

認知症の方の遺言対策

客観資料の保存

遺言者が亡くなった後に、遺言書の有効性が争われる場合では、裁判所が客観的な資料を基に遺言者の遺言能力の有無を判断することになります。

遺言能力の有無の判断に最も重要視されるのは、遺言作成時の遺言者の状況とされています。このときの客観的証拠としては、遺言作成時の動画を撮影しておくのがベストですが、なかなか難しいと思います。この次に、状況を間接的に証明するものとして当時の医師の診断書や看護日誌等の医療記録などが挙げられます。

また、遺言作成前後の言動、日常の遺言についての意向、実際の遺言の内容に整合性があることも重要な要素です。遺言者ご本人のご意向の一貫性が証明できれば、遺言者ご本人自身の遺言である信憑性が高いと判断されるでしょう。

このように、遺言の有効性を証明するためには、遺言を作成した時点又はその前後の遺言能力の存在を証明する記録を保管しておく必要があります。

証明には以下の資料が有効とされますので、これらは意図的に準備することが必要でしょう。

 ・遺言作成時の遺言者を撮影した動画

 ・遺言作成前後の時期の遺言者を撮影した動画

 ・遺言作成前後の時期の診断書

 ・ 遺言作成前後の 病院のカルテの写し

 ・ 遺言作成前後の 看護日誌の写し

 ・家族等の日記等(遺言者の言動を記録したもの)

遺言者の遺言作成時期の状況が客観的に説明できる資料を準備しておくことで、「遺言無効」という主張に反論できるようにしておくことが大切です。

公正証書遺言の利用

遺言の方法として自筆証書遺言公正証書遺言がありますが、認知症の方が遺言をする場合は公正証書遺言をお勧めします。

また、公正証書遺言は遺言者の口授により作成するものなので、遺言書の自書が困難な状態の認知症の方にとっては他の選択肢がないとも言えます。

公正証書遺言 は、法律の専門家である公証人に加え、証人二人が立ち会うという形で遺言を遺すものですから、他の遺言形式よりは有効とされる可能性が高いことが期待できます。

ただし、遺言者が明らかに遺言能力に欠ける状態であれば、公証人が公正証書遺言の作成を受任しないことも有りえます。

注意すべきなのは、公正証書遺言を作成したことが「遺言能力があった」という証明にはらないということです。公正証書遺言であっても、訴訟において遺言能力が否定される場合もあるからです。

そのため、前項でご説明したような証明のための資料準備の重要性は変わりません。

この記事は、ここまでとなります。

 ※ 本記事は「成年被後見人と遺言」に続きます。